季節めぐり

季節はめぐり、人生もめぐる

なるべく心の忙しく(せわしく)ない時に読んでもらいたいと筆者が

 

寺田寅彦の随筆集『柿の種』。

そこに書かれている、筆者が体験したある日の出来事。

 

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ドアがパタパタするのをふせぐために取り付ける、あのカギ型のネジ道具。

その名前を知っている人は、そんなにいないでしょう。

これです。

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これ、「あおり止め」というそうです。

明治生まれの物理学者で、随筆家で俳人でもある寺田寅彦は、

この「あおり止め」がほしくなって金物屋に買いに行ったが、

その名前がわからない。

それで、手まねをしながら説明すると、

店の人が、あおり止め、というのだと教えてくれ、

うまい名前をつけたものだと感心する。

 

さらにその時、おつりにもらった穴のある白銅貨二つが・・・。

以下、寺田寅彦の文章から引用します。
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おつりにもらった、穴のある白銅貨の二つが、

どういうわけだか、穴に糸を通して結び合わせてあった。

三越で買い物をした時に、この結び合わせた白銅を出したら、

相手の小店員がにやにや笑いながら受け取った。

この二つの白銅の結び合わせにも

何か適当な名前がつけられそうなものだと思ったが、

やはりなかなかうまい名前は見つからない。

(大正十二年八月)
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さて、もしも現代、

自分が5円玉や50円玉のおつりにもらった時に、

その穴に糸を通して結び合わせてあったら・・・。

 

まあ、そんなことは、きっとないでしょうけどね。

 

でも、もし、そんなおつりを渡されたとしたら、

などと想像するだけでも、なんだか面白い。

 

糸で結び合わせてある穴の開いた硬貨。

それに適当な名前をつけるとしたら、どんな名前がいいでしょう?

 

うーん・・・。

寺田寅彦の言うように、

うまい名前なんて、なかなかつけられないですね。


寺田寅彦は、この随筆集『柿の種』の冒頭に、

「なるべく心の忙しく(せわしく)ない、ゆっくりとした余裕のある時に、

一節ずつ間を置おいて読んでもらいたい」と。

穴の開いた硬貨に糸を通して結び合わせた時の、

その結び合わせに名前をつけるとしたら、

なーんていう、もしかすると、どうでもいいような話。

なんとなく気忙しい日々の、気持ちの落ち着かない夜などに、

こんな「せわしくない話」を読むと、

なんとなく、せわしかった心が、

少しだけ、せわしくなくなるような気がします。

どうでしょうか。

 

うんうん、昔の作家の随筆には、

そんな、「どうでもいい?」ような日々の出来事がけっこう書かれていて、

そんな話に触れた時

きつく締められたような心が、

ふわーっと緩められるような、そんな気持ちになるんですよね。

 

それに、人って、今も昔も、

わりと「どうでもいい?」ようなことを、

あれこれと考えているものだよなぁ、と思ったりもします。

 

『柿の種』、青空文庫でも読めます。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/1684_11274.html