季節めぐり

季節はめぐり、人生もめぐる、乳がんサバイバーになりました

強い人というだけでなく、優しくて優しくて優しい人。瀬戸内寂聴さんのこと

一昨日の夜、NHKで再放送されていた番組『いのち 瀬戸内寂聴 密着500日』を観ました。
https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2025040401733

 

この番組、本放送の時にも観ましたが、それが2015年、寂聴さん
が満93歳の時。

その10年前に観た時、「寂聴さんはなんて強い人なんだ」と思いましたが、今回、また違う思いを抱きました。

それは、寂聴さんは強い人には違いないけど、「強くて優しくて愛の人」だということ。

番組の最期で紹介されたのが、寂聴さんが色紙に書いて遺した言葉。

その毛筆の字を見た瞬間に、「あぁ、この字は、優しくて優しくて優しい人の筆跡だ」と、感慨深く見入ってしまいました。

 

 

私は、幼い頃から書道をやっていたことも影響するのか、筆跡に興味があり、筆跡を眺めていると、その一人ひとりの性格が現れているよなぁと思うことしばしば。

力強い字を書くかと思っていた寂聴さんの文字は、優しさと愛に満ちた筆跡。

そりゃそうですよね、あんなに人を引きつけてやまない人だったんですからね。

“強い女”だけでは、そうはなりません。

強いより大事なことは、やはり、“優しさ”や“愛”です。

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さらに、本放送と、今回の再放送を観ての、私の思い、考え方の違い、というより観方の違いに自分でも驚きました。

密着中、寂聴さんは、がんを宣告され、93歳という高齢であることから、手術のための全身麻酔が体に大変な負担であることから、腫瘍を取ることを積極的には進められないけど、手術をするかしないか、ご自身でよく考えて判断してくださいとドクターが。

しかし寂聴さんは、その場で「手術してください」と。

それまで、いつになく元気をなくしてベッドで過ごすことが多くなっていたという寂聴さんは、手術すると決まったら、急に元気が出てきて、「この経験からも何か書けると思うと、なんかワクワクしてきた」と、ニコニコと笑顔で語り出しました。

そして、手術、退院後に、「私、それで死ぬなんて、まったく思わなかったんですよね」と。

はぁ・・・、私と一緒だわぁ・・・、と。

 

手術を終えて退院して、1週間後に病理検査の結果を聞いたあとで見た病院前庭の桜

 

私も、乳がんを告知され、手術した後は放射線治療を行って、さらに薬物療法で再発予防治療を続けますとドクターから説明されて、「うわーっ、全部初体験、なんだかワクワクしてきた」と思ったんです、本当に。

寂聴さんと同じく、がんで自分が死ぬなんて、これっぽっちも考えませんでした。

それが去年の1月のこと。

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さらに去年は、7月末に肺血栓塞栓症に襲われ、それこそ、急な命の危機、重篤状態になるという経験も。

それでも、自分が死ぬなんて、まったく考えもしないどころか、「自覚がなくても重篤状況ですのでICUで管理していきます」と言われ、「常時、酸素投与してください」と鼻カニューレされた時も、「うっわー、いろんな体験できるー」と、ワクワクしちゃうんですよね、私。

その入院中の2週間のリハビリは、リハビリ師さんが付いてくれて、一緒に運動する時間も楽しかったし、自主リハビリで、病棟の廊下を酸素ボンベさんを引き連れてせっせせっせとウォーキングしながら、窓からの景色や、院内搬送ロボットくんの動きなど、いろいろ観察するのも、とてもとても楽しかったのでした。

 

肺血栓塞栓症で入院した2日目、大きなガラス窓があるシャンプールームに椅子を並べて
花火大会の特等席を設営してくれた看護師さんたちに大感激

 

がんになる前は、大変だよね・・・。
がんと言われて、そんな強い心で対応できるなんて・・・。
強い寂聴さんだから、そんな前向きになれるのか・・・。
いや、がんと闘っている人、みんなすごい・・・。

などと思っていたのですが、自分がなってみると、こんなに強くて、意外にも心穏やかに、がんと闘う、というより、がんと旅している気分になれている自分に驚くのでした。

がんと、肺血栓塞栓症、そんな死と隣り合わせの病名を続けて告げられてもへっちゃらで、手術や治療やリハビリに、「わーい!初めての体験、ワクワクしちゃうわー!」というのが本当に本心だったのですが、当然、落ち込んで、這い上がれないような気持になる人も多いわけで、だから、そんな、ある種独特かもしれない浮かれたような気分を口にしてはいけない?とも感じていましたが、寂聴さんもそうであり、それをテレビ番組の密着で語っていたことに、なんだ・・・、あぁ、よかったー!と。

まあね、たまーに、どどーんと落ち込む感じになることもありますけどね。

すぐに、そこから早めに浮上しようという気持ちが勝ってきて、よく寝て、よく食べて、よく働いて、よく笑って、よく喜ぶと、あっと言う間に這い上がれます。

それと、もう一つ、仕事や活動、人生の中でやっていきたいことへの対峙のし方や考え方も、がんと肺血栓塞栓症の前と後とで変化しましたが、それを語ると長くなるので、またいつか。

うーん、私も、優しくて優しくて、優しい人になる!

 

 

3月のクリスマスツリー

今日はクリスマスイブ✕270日なので、クリスマスツリーを飾りました。

庭に。

 

 

えっと・・・嘘です。笑

実はこのクリスマスツリーは、今年度まで3年間役員をやっていた自治会の公民館に貸し出していたわが家のもの。

今日は役員と各組の組長さん、自治会各クラブ団体の代表が集まって年度末の大掃除。

クリスマスシーズン以外は小さな談話室で“すみっコぐらし”させていたツリーさんを、いよいよわが家に帰還させることにしました。

当初、オーナメントやガーランドを取り外して、ツリーの枝をたたんで持ち帰るつもりでしたが、一昨日、台車に載せてあることを思い出して、そのまま、ゴロゴロと引いて連れて帰ろうと。

幸いにして、うちは公民から徒歩2分?急げば1分で?という近さ。

それでー、今年のクリスマスまで、このままのでいいや、と。笑

ということで、玄関に入れる前に、家庭のクリスマスツリーがお外にあることなんて珍しいことだよなーと、よし!記念撮影をしておこう、となったのでした。

このまま、使われていない部屋に入室していただき、“すみっコぐらし”でなく、堂々と佇んでいてもらおうと思います。


これらのオーナメントのうち、リボンたくさんと、紙で作った白とピンクのツリー型ガーランドは私の手作りです。

手芸&ペーパークラフト大好きですから。

リボンたくさんで、“リボンを付けた天使(L'ange au ruban)”のツリーにしたくて、こんな飾り付けにしました。

風で傾いていますが。笑


それにしてもクリスマスまで、あと270日ということは、もう今年も100日近く過ぎたんですね〜、早ーっ!

 

 

『命の最前線!救命救命24時 2025』を見て、自身の救われた命、EICU体験に涙

フジテレビの『命の最前線!救命救命24時 2025』、最初から見たかったけど、帰宅が遅れて最後の30分だけ。

 

www.youtube.com

 

この番組も含めて、病院の救命救急の現場やICUやEICUのドキュメンタリーを見る時、うわーっ、大変、助かってー!生きて!と、あくまでも視聴者というか、観客のような立場で見ていました。

それが去年の7月末、まさか自分がEICUに入って救命されるとは、思ってもみなかったこと。

「肺血栓塞栓症で命が危ぶまれる重篤な状況なのでICUに入りますからね」と告げられて、ICUって、あのICUだよね、そこに私が・・・、と。

3月に乳がんの手術をしたことが霞んでしまえほどの、えーーーーーっ!な出来事。

あまりに衝撃的なことを告げられると、なんか、クスッとしてしまうというか、あはははは〜と笑いそうになるんですよね。

きっと重篤なのに顔がニヤニヤしている変な患者だったと思います。

右腕に血栓を溶解する薬剤の点滴、左腕に水分の点滴、下肢のエコーと、まず救命救急外来・ERのスタッフが3人がかりで同時に、私が突然死に至らないように処置してくれてからEICUに運ばれて集中管理。

その間、息が苦しいとか、倒れそうとか、吐きそうとか、そういう自覚がなかったのに、サチュレーションは異常で、不思議な感覚を味わっていました。

はぁ・・・、息がくるじぃーっ、と自覚し始めたのは、もう命の危機は脱しましたということで、翌日、一般病棟に移ってから、しかも夜になってからでした。

本当に、救命救命の医療者のかたたちには、「助けてくださって、ありがとうございます」と、感謝の気持ちを何度も何度も伝えたいし、今、落ち着いて思い出してみると、その感謝の気持ち、感激の気持ち、そして、「私、生きてる!」という事実で涙しそうになることを繰り返しています。

 

 

※『命の最前線!救命救命24時 2025』、見逃し配信があって、1週間はネットで見られると思っていたけど、なんか、やってないみたい。涙

www.fujitv.co.jp

乳がんの手術で入院から1周年

今日は3月20日。

1年前の今日、乳がんの手術のために入院した日。

タクシーで病院に着いたら雨が急に降ってきて土砂降りになり、病室に案内されたら、今度は急に晴れてきたり、そんなお天気だったな。

 

 

 

 

夕ご飯が、「あら、病院食なのに、こんなどっさり!」と驚き喜んだり。笑

 

 

そして翌21日に手術。

なんか、妙に落ち着いて入院し、異常に落ち着いて手術を受けたよなぁと。

 

 

それなのにね、1年後の今日、1年前のその時より心が落ち着かない感じなのは、なぜだろうかと?

今日、1周年を機に、新しい行動を開始するためのスタートを切る、あることをしようとしています。

 

 

成果が出たら公表します。

公表できる結果になったら嬉しいな。

 

 

乳がん手術後1年目の検査は、1年前の乳がんがわかった検査よりも不安でした。

昨日、3月12日は、3週間に一度の乳腺外科受診日でした。

 

 

血液検査の結果、数値すべて優良で、無事に抗がん剤・エスワンタイホウ服用8クール目をスタートすることに。

2週間服用して1週間休薬する「2投1休」の3週間が1クールで、それで3週間ごとの受診で血液検査を繰り返していくのです。

 

 

それを1年間、今年の10月末までの予定。

 

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そしてー!

昨年3月21日の手術から1年経過の検査もろもろ。

マンモグラフィ、エコー、造影CTで、再発や転移が起きていないかを。

 

 

 

結果は、再発も他臓器転移も見られず。
わーい!わーい!

乳がんサバイバー界隈では、これを「無事に乳がん2年生に進級」と言われているようです。笑

結果にホッとして、病院内のレストランで遅いお昼ご飯。
海鮮ふわとろ天津飯、おいちかったー!

 

 

正直言って、シコリを自覚して、これは乳がんだ!と確信して検査に臨んだ時より不安が大きかったんです。 

初発より再発のほうが深刻なケースが多いからね。

 

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さてさて、今日の検査の結果は、もともとは次回の受診日にドクターから説明を受ける予定でした。

それが、なぜ、今日、当日に聞けたのかというと。
まず、決められていた受診時間は14時で、血液採取は、おおよそ1時間前に終えておいてくださいということになっています。

バスで通院しているので(自宅から約20分)、時間に余裕を持たせて、1時間15分から1時間半前までに病院に着くようにしています。

今日は1時間15分前に到着して、さっそく血液採取に。

 

 

自動受付機から排出された「今日の受診スケジュール」を見ると、
各検査が受診の前段に記載されていて、とくに時間の指示はなし。

ドクターからは、前回の診察時に受診後に検査と聞いていました。

それで、科ごとの専用デスクに聞きに行くと、ドクターに問い合わせてくれて、受診時間まで余裕があるので先に検査を受けてもらっていいですよと。

ほーっ、よきよきと、マンモグラフィとエコーの検査室に。

造影CT検査も必要なのですが、実は3週間前に、昨年夏に襲われた肺血栓塞栓症の半年後検査で循環器内科での撮影がしてあり、それを併用してくれているので、今日、重ねての無駄な撮影はなし。

ということで、受診の前に検査をすべて終えられて、即刻ドクターが見るPCにデータが送信されているので、私が診察室に入る前にドクターが読影、確認。

私が入室し、大きなモニターでドクターと一緒に画像を見て、読影・解説してくれて、「特に気になる影とか不審なものは写っていませんね!」と。

自分でも、マンモとエコーの乳房、そしてCTの、体中を切り取った画像すべて、「おーっ、きれいきれい」と。

とくに、肺、そして肝臓と腎臓への転移は注意して見たいとドクター。

昨年夏に肺血栓塞栓症をやったとは思えない、きれーな肺、影とか筋とか確かに何もない肝臓と腎臓、私の体、美しい!と。笑

ドクターも、ホッとした様子で、「うんうん、よかったですねー」と、優しい笑顔を見せてくれました。

 

 

うん、無事に2年生になれたことはもちろん、検査当日に結果の説明を受けられたことも、ほんと、よかったーと。

だってさ、再発や転移がないか、3週間後に結果を聞くって、その間、モヤモヤしてつらいじゃないですか!

はぁ・・・、よかったー!

 

 

これで、目論んでいる行動に出られるっ!